福島 諭 / satoshi fukushima

《変容の対象》2011年版初演

奏者と作曲者が分かれている、という事の意味のようなものは機会があるごとに少しは考えてきてはいたけれど、今回の初演を終えてそこに何かひとつ明確な基準を持つ事ができたように感じました。

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2012年10月12日(金) に新潟のYAMAHA スペースYにおいて
演奏会「越の風2012」が行われました。新潟県の作曲家を中心に、公募から集まった県外在住の作曲家の作品も含めた9作品が発表されました。そのほとんどの作品が世界初演でした。どの曲も色合いの違うものが集まったと思います。
演奏は新潟在住の演奏家によるもので、いままで名前はよく拝見していたものの、実際に演奏を聴くのは初めてという奏者の方も多く、今回少し接点が持てたことも大きな事でした。

《変容の対象》2011年版 1月~12月
      作曲:濱地潤一・福島諭

前日より、和歌山から濱地潤一さんも新潟に到着されていました。
《変容の対象》2011年版の初演を見届けましょう、と、この話をいただいた約半年前から濱地さんには話していました。今回、実現でき本当に良かったです。

共同作曲というものにもいろいろな形があると思いますが、《変容の対象》で行われている作曲というのは1小節ずつ交互に順次組み上げていく方法なので、作曲上はジグザグに音符が組み上がって行きます。後戻りは行いません。こうして成り立った楽譜が演奏時にはリニアに演奏される、そこに生じる音楽的な主従関係の切り替わりや変則的なリズムなど、初演に向けてのリハーサルで演奏者の方とよく話し合うようにしました。

   ピアノ:石井朋子さん
クラリネット:広瀬寿美さん

今回、初演をしていただいた奏者のお二人には深く感謝しています。1曲1曲は短いですが、そこに刻まれた情報量の密度は高く、お二人とも顔には出しませんでしたが、この12曲の音とりをするのは非常に大変だったようですし(楽譜も変則的なものでした)、初演に向けて多くの時間を割いてくれたようでした。本当に感謝しています。

最初のリハーサルで曲の成り立ちなどを少しずつお話していくなかで、この作品の興味の対象がどこなのかいくらか理解していってもらえたと思います。
そこから約2週間で本番、というような時間のない状態でしたが本番当日のゲネプロではさすが、大枠のフォルムが整った状態まで曲を仕上げてきてくださいました。ゲネプロを濱地さんと二人で聴いて、その後少し4人でミーティングを行いました。

演奏者の本分は、作曲者の曲を1音も間違えずに正確に再現してみせることです。ゲネプロを聴いて、濱地さんの中でおそらくひっかかったのは、その正確に再現するために行われている奏者としての立ち振る舞い、例えば1つのアクシデントにあった時、最小限の被害で納めるための間合いの調整(それは奏者にとっては必要不可欠なテクニックでもあるでしょう)でした。これにより、場合によっては両者譲り合うことになり音楽が停滞します。

結局、ゲネプロを聴いて濱地さんが下した判断はそうした”音楽の停滞”は全てNoとする、という事だと私も理解し、本番での姿勢をこう決めました。

「演奏中に、もし何か破綻が起きた時はベストを尽くしてとにかく自分のパートを突き進む。聴き合わない。その結果、音楽が崩壊して止まるようなことがあっても、それはむしろ僕らにとっては本望です。」

曲中で両者のタイミングがはっきり合う箇所はいくつかあり、奏者2人の中でそれらはもう随分整理されているとゲネを聴いて感じていましたので、以上の約束事はそれほど無茶な事でもないと感じもしていました。



本番。会場には僕らの親しくしている方々も可能な限り集まってくれました。その中で初演の時間を共有することができた事は本当に嬉しく思っています。初演の演奏がどうだったか、結局、ここで書き綴ってもおそらくその断片も納める事はできないからです。

なぜ、初演の演奏が手放しで最高だと思えたのか、はっきりとはまだわかりません。演奏途中から胸が熱くなりました。こうした思いで初演に立ち会う事などほとんどはじめてではないだろうかとさえ思えました。

演奏者が「聴き合わない」などという事は本質的に難しいことです。何度か大きなアクシデントに遭いながらも、それでも音楽を停滞させずに運びきる、そうした強い思いが伝わってくる演奏でした。

何か分からないけれど、なにかとにかく複雑でうねるような情報の渦があり、それは《変容の対象》を人が演奏する際には極めて理想的な何かであるような気もしました。



次の日、風邪で調子の悪い濱地さんと新潟空港でお別れ。その際、握手をしましたが、数年ぶりの充実した固い握手だったように思います。
あらためて奏者のお二人には最大の感謝を。



奏者と作曲者が分かれている、という事の意味、
今回は奏者の身体を借りて、五線譜で思考した可能性の先に光を当てるようなものになりました。 ありがとうございました。




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濱地潤一さんによる、もう1つの感想は以下になります。《変容の対象》の作曲の組み立て方など丁寧に解説されていますし、僕では書ききれない部分も補われていると思います。





(2012年10月15日(月) Mimizのブログより)