4  Tangent Design Inc.  高 橋  悠 + 香 苗  [ speaker device ]

     

《埋没する3つのbluesに捧げるcondensed music》のためのスピーカー







     
- 三本脚の照明 -

制作当初、福島氏との話し合いの中で、形状の方向性のひとつとして、私たちが以前作成した三本脚の照明の話題が出た。
無題のその作品は、Live Electronics in Niigata vol.5(2008年8月20日 主催:ANTI MUSIC)の際、会場内フリースペースで展開した、白熱球とソケットを華奢な三本足で支えただけの照明だった。

     

福島氏によれば今回の演奏では大音量は必要なく、音量・音質ともに手頃なスピーカーユニットをベースにするだけで十分とのことだった。「埋没する3つのbluesに捧げるcondensed music」のコンセプトを基に、無題の照明作品のイメージと、ベースにするスピーカーユニットを頼りに制作を始めることとなった。

     
- 試作と実験 -

スピーカーを最もミニマルな姿で空間に固定・保持するためにはどうすれば良いかという考察からスタートし、制約をなるべく設けずにスケッチを開始した。ユニットに直接取り付けた透明な円盤を天井から吊るして空間に固定し、音を出してみる。ケーブルが植物の茎や蔓のように見える試作一号が完成した。

造形は魅力的だったが、当日のレイアウトを考慮すると、設置や転換、調整に手間と時間のかかる吊り下げ式には無理がある。最終的には、無題の照明作品と同じ三本脚で自立する構造を採用した。

ユニットに直接取り付けた円盤は、偶然にも振動板となって音を発していることがわかった。構造上当然だが、共鳴空間が無く振動体のみになったスピーカーユニットから発せられる音は、非常に小さいものとなる。共鳴による増音は無いため音量は小さいが、独特の振動音を発している。紙、樹脂など振動体の素材の吟味も行い、音源が誇張されないものを選択した。

音質・音量が演奏に適しているかを確認するため、三本脚で自立する試作二号を用いて福島氏と実験を行った。当日実際に使用する、濱地氏が演奏した音源をスピーカーから出してみると、形容し難い生々しい振動音が発せられた。音量は小さいものの、今回の演奏に適した質感を得ることができた。リードという振動板を使うサックスの音と、相性が良いのかもしれない。

     
- 形状の決定 -

これまでの実験と試作機を基に、当日の演奏状況に合わせて各箇所の寸法と材質を再確認し、本番用スピーカーの制作を始めた。

自重に耐えつつ、音質・音量のバランスの良い振動板の大きさの範囲。床席と椅子席が混在し、中央に濱地氏が立ってサックスを構えるという状況に適した全体の高さ。スピーカーユニットを確実に支える強度を持つピアノ線の細さの限界。その日限りの演奏に適した過不足の無い材質の選択と仮設性。

各項目の答えは自ずと割り出され、最終形が導かれた。

     
- 音楽と物質 -

インダストリアルデザインを生業とし、立体作品を制作する立場から考えると、物質を使った表現は制約が多いと感じる。自身の構想以前に、材質の強度など重力と安全性の問題、精度など加工技術の問題、素材の希少性など予算の問題が及ぼす影響は大きい。更に、最終的に物質は劣化し、朽ちて形を保てなくなっていく。

一方で音楽家の演奏や作品は、演奏の度に様々な試みを加えることが出来、電子データによるパッケージングも可能だ。何よりも、音楽そのものは不可視で、物質としての形を持たず、無限に近い拡張性がある。(それ故創作のために敢えて制約やルールを設けることもあると思うが)その部分において羨ましいと感じることが多い。

ただそういった音楽も、肉声のみの表現以外では、楽器やコンピューターなど工業製品を含めた物質無しには存在し得ない。言葉にすると当然のことなのだが、形の無い音楽を形作るために、形を持った物質が必要だという点について、以前から興味深いと思っていた。

     
- 制作を終えて -

今回の制作では、最低限の物質の組み合わせで最大限の効果を出すことを念頭に、希薄な存在感が、音楽を発することで初めて補完されて成立するようなイメージを目指して作業を進めた。また、誰もが扱いやすく、理解を得られるように設計する通常のデザイン手法とは真逆の方法論で「埋没する3つのbluesに捧げるcondensed music」の為だけに形作ったためか、独特の静かな雰囲気を持つオブジェクトとなった。

濱地氏、福島氏の活動について、もちろん高度な音楽理論までは理解できていないが、「変容の対象」が始まった頃からの取り組みの姿勢についてはブログなどから読み取り、共感する部分も多い。また、発表や作品について言葉を交わすことも多いためか、導かれるように作業が進んで行く、今まで体験したことのない感覚(二人の積み上げてきた音楽を台無しにする訳には決していかないというプレッシャーも含めて)を味わった。背景の違う者同士で協業することで刺激され、新たに生み出されたものの多様さは計り知れない。

2013. 01. 07 Tangent Design Inc. 高橋 悠・高橋 香苗